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pro vyhledávání: '"歴史人口学"'
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日本研究 = NIHON KENKYŪ. 55:85-103
「アジア」のプレゼンスが急速に拡大している現代のグローバルな文脈の中で「日本」をいかに再定義するか、とりわけ「日本」と「アジア」との関係をいかに語り直すかが、日本研究
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経済学季報. 66(4):57-70
近世の人口は,全国的にみると17 世紀に増加を見た後,18 世紀に入ると停滞し,飢饉で減少を経験し,幕末から明治初期の増加までは3000 万人前後で推移した.しかし,地域的に観察し
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経済学季報. 65(3/4):177-190
近世の人口は,地域レベルでは増加地域と減少地域とに分かれる.減少地域では,「死亡」が多く「出生」が少なかった.その背後には,間引きや育児放棄などにも起因する乳幼児の死
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言語と文明 = Language & Civilization. 11:95-111
本研究の目的は幕末期美濃国(現在の岐阜県)の宗門改帳を用いて、世帯構造とライフコースの実態を明らかにすることである。データは1844 年から1870 年の7 ヶ年、34ヶ村、のべ13,000 人
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科学研究費補助金研究成果報告書.
本研究は, 宗門改帳を史料とし, ここからデータベースを構築し, 徳川後期の農民世帯の家族構造を明らかにすることが目的である。本研究で用いる史料は, 東北日本2地域(会津山間部4か
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關西大學經済論集. 60(2-3):39-51
幕末京都における28町分、約32000人年の宗門改帳データベースから「生国」を取り出して分析した結果、転入者の出身地は北近畿、北陸、濃尾地方に集中しており、奉公人であっても、家
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東北アジア研究 = Northeast Asian studies. 11:67-88
論文
Article
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關西大學經済論集. 56(4):383-402
幕末期の京都人口について、15の町の宗門改帳を用いることにより、人口構造とライフコースの分析を行なった。町ごとに見ると、世帯の大きさや性比に大きな違いがあったが、その違
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社會科學研究. 57(3-4):57-80
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關西大學經済論集. 55(4):545-563
近世商家の住込奉公人(丁稚や手代)は幕末になるとほとんどの都市であまり姿を見なくなるが、京都は大坂とともに住込奉公人を抱える雇用形態が一貫して続く例外的な都市であった。